クレディスイスが過去に発行したその他Tier1(AT1)債が、紙くずになるとのこと。このニュースを知った時、私にはかなりの戦慄が走った。何故なら、日本のAT1債の設計に自分が関わったからだ。
AT1債とは、現在の国際的な銀行規制であるバーゼルⅢにおける、資本制の社債の1つである。バーゼルⅢは、もちろん日本の金融機関にも適用されているが、日本の金融機関でAT1債を発行しているのは、3メガのみである。
ただし、その発行額は大きく、1つの銀行で兆単位の発行をしているため、仮に、クレディスイスと同様の結果になった場合、AT1債を購入している投資家に与える影響は甚大である。また、日本のAT1債を購入しているのは、大半が日本の生命保険会社であるとされており、金融危機の連鎖の引き金にもなりかねない。また、AT1債に類似した劣後債(T2債)にも同様の信用不安が広がれば、T2債を保有している事業会社や個人にも影響が及び、資本性社債全体への信用不安が発生する可能性も低くない。
僕がそんなシナリオをイメージしてしまうのは、私がAT1債の設計に関わっただけでなく、日本の金融機関へのバーゼルⅢの適用期に銀行の資本部門に属し、まさに資本性証券を発行し、証券会社や投資家と対峙してきた担当者であったためだ。資本性社債への不安は、すぐに金利に反映されるだけでなく、日経新聞の記事になり、役員の目にとまり、朝から質問攻めにつながる。私は何度もそれに翻弄されて疲弊してきた。
今回のクレディスイスのAT1債の件は、関係者が対応を間違えれば、日本や世界のAT1債全てに悪影響を及ぼしかねなかったが、各国の当局が迅速に、「スイスの件は、特別であり、その他の国とは同様のことが起きない」ことを共同声明の形で発信したため、無難に火消がされたようだ。多くの関係者達は相当な負担を強いられたことが容易に想像できる。部外者ながら、敬意を表したい。
しかしながら、クレディスイスの件は、日本のAT1債にもやはりリスクが存在することを投資家心理に刻み込まれたため、今後の新規発行の際は、投資家への説明が相当難しくなるだろう。クレディスイスと同様の事例では紙くずにはならないものの、現実として、紙くずになるリスクはゼロではない為だ。
なぜ、クレディスイスのAT1債が紙くずになり、その他の国の金融機関が発行したAT1債が同様のケースで紙くずにならないかについては、かなり専門的になるため、追々説明していきたい。
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